砂のお城

生きるか死ぬかみたいな毎日

アジカンソラニンを聴いている。

 

久しぶりに地元、東北に来ている。すっかり秋になってた。さむいさむい。暖房のかかった車から降りたら、想像以上に寒くて、暖房のせいてぽやーっとしていた頭の中が一瞬で冷めた。この懐かしい感じの寒さ。わくわくする。わたしは冬が好きだ。

 

3日に1回は悲しくてめそめそしちゃうけど、でも、1日を頑張ったら終わりが近づいてくる感覚がハッキリしてきて嬉しい。あとちょっと。あとちょっと。あとちょっとの頑張りを重ねたら終わる。終われる。やっと終わるんだ。そう思ったら、夜眠れなくなるぐらい嬉しくなっちゃう。

 

最近は身体がよく動くようになった。身体の隅々まで、自分の意志で動かせている感覚を久しぶりに感じれて嬉しい。息を吸って、吐く。歩く。走る。息を吐ききって肺が潰れる感覚を感じながら今日は走った。すごく久しぶりの感じ。高校の頃に戻ったみたい。とにかく嬉しい。

 

弱い自分のと強い自分は常に背中合わせだなって思う。本当は出来るはずのことも、弱い自分のせいで出来なくなってしまうことが本当に悔しい。超えられるか超えられないか、微妙な壁を乗り越えることがいちばん難しくて勇気がいる。最近は、弱い自分が現れると強い自分が「行くぞ、攻めるぞ!」って背中を押してくれるから、結構頑張れている気がする。1回出てしまったら、後には引けないんだけど、攻めることもしないで終わって後悔するぐらいなら、潰れてもいいから前に出ようかなって。わたしの勇気で誰かが刺激を受けて、前に進んでくれたら、それだけでもわたしは嬉しい。それでも苦しい時は苦しい。そういうときは、楽しい楽しい走るの楽しいって頭の中で何回も唱える。そうすると、意外と踏ん張れる。

 

 

日曜日にあった村田諒太さんの試合をYouTubeで見た。優勝インタビューを30回ぐらい繰り返して見た。村田諒太さん、本当に強い人だなと思った。優勝した直後に自分のアンチ的な存在にまで感謝を言葉にすることって、本当に強くて優しくなきゃ出来ないと思う。カッコよかった。いつか村田諒太さんの試合を生で見たいなと思った。

 

何が正しくて、何が間違いなのかわからなくてずっとずっと苦しくてつらかった。でもわたし、逃げなかったし、ずっとちゃんと向き合ってきた。それだけで充分じゃないかなって最近思えるようになった。きっとわたしの問いには、正解も間違いもないんだと思う。

 

今まで謙虚に生きすぎたなって思った。人から貰って嬉しかった言葉や、自分の中でめちゃくちゃ嬉しかったこと、感動したことは、忘れないで大切にしようって思った。むねの引き出しに大切にしまって、時々取り出して、磨いて、ピカピカにしておこうと思う。

 

長くて苦しい生活も今日で残り70日になりました。

今日も悔しくて情けなくて泣きそうになったけれど、頑張って耐えたよ。

相変わらず苦しくて辛い。1人になるとずっとめそめそしてる。みんなが敵にしか見えない。

あとちょっとの我慢。頑張る。

終わる魔法

さっきパソコンのデータフォルダを久しぶりに開いたら、高校の頃の写真がたくさん出てきた。もう4年も前なんだよな、懐かしい。初めて母に化粧をしてもらった日に撮った写真も出てきた。すごく嬉しかったことを今でも覚えている。

元彼の写真もたくさん出てきた。フォルダを開くことなく反射で消した。やっぱり彼は私のこと好きだったことなんてなかったのかもしれないなって思った。最近は元彼に対してなにも感じなくなったし、声を思い出したり指の感触を思い出したりすることも少なくなった。鮮明だった記憶がぼやけ始めている。人間に忘れる力があって良かった。きっと彼はたくさんの人に愛されて、幸せに、わがままに生きていくんだろうなと思う。そしてもう会うことはないのだろう。それでいい、それがいい。何も思わない、感じない。

 

昨日ははやい時間に布団に入ったのに、夜中に咳が止まらなくて目が覚めた。苦しかった。1週間ぐらい前から喉が痛い。今は咳が出る。喉がかゆい。掻き毟りたい。

 

この間治療の先生に「馴れ合いしてたら勝てるわけないじゃん」って言われて、確かにそうだよなって思った。でもわたしは誰かと一緒に頑張ることが好きで、他人を蹴落としてまで上に行きたいとは思えなくて。わたしには「勝つための覚悟」が足りなかったのかもしれないなって、治療のベットの上で思った。馴れ合いはレクリエーションでしょって先生が言ってた。勝つか負けるかの世界にいた人の言葉は鋭い。

 

先週の話。先輩と買い物して夕飯食べて帰ってきた。お互いに気に入った靴を見つけたので買った。前の恋人に話とか、恋人に何を望むかとか、部活の話とか、ずっとずっと話していた。先輩の隣はいいにおいがした。来月一緒に紅葉を見に行こうという話になった。

 

卒業式に着る袴を決めた。来週からは卒業研究が本格的に始まるし、いろんなことが卒業に向けて動き出している。夏休みに苦しくなると、バンプの記念撮影に詞の中にある「終わる魔法」って言葉を何回も何回も唱えていたことを思い出した。全ての物事は終わる魔法の中にあるんだね、よかったよかった。

 

 

久しぶりに読書メーターを開いた。懐かしい名前のままだった。最近読んだ本の感想を書いた。こっちの名前も昔の名前に戻してみた。ちづる。この名前で出会った人が今の私を作っているよな気がする。あの頃よりわたしはいろんなことを知ったし、彼の年齢も越えてしまった。いろんなことが見える。でもその分、見えなくなっていることもたくさんあるんだろうなと思う。全部覚えていたいと思うけれど、ひとりで感じ続けることは苦しいから嫌。

 

 

平凡を誰かと半分こする生活。